"スマートフォンの画面を暗くしたらバッテリーの持ちが断然に良くなった。俺も無理に明るく振る舞うのはもうやめよう。"
劇団ひとり (gekidanhitori) on Twitter (via yasunao)
2011-10-31
(via mmtki)
Apr 28, 2012 @ 1:20 am
"スマートフォンの画面を暗くしたらバッテリーの持ちが断然に良くなった。俺も無理に明るく振る舞うのはもうやめよう。"
劇団ひとり (gekidanhitori) on Twitter (via yasunao)
2011-10-31
(via mmtki)
Apr 28, 2012 @ 1:20 am
"こんなとこへ行ったよとか、こんなの食べたよとか、話したいよ。映画の感想も、本の感想も、話したい。気温と気持ちの移り変わりについて、話したい。山の中の匂いについて、話したい。
それらはすべて、他の人に話しても意味がない。"
letter to you (via myimpress) (via aurorae) (via inouehiroki, mffl-emm) (via nemoi) (via jacony)
最後の一言が抜けてたので。
こんなとこへ行ったよとか、こんなの食べたよとか、話したいよ。映画の感想も、本の感想も、話したい。気温と気持ちの移り変わりについて、話した い。山の中の匂いについて、話したい。
それらはすべて、他の人に話しても意味がない。ただ、君だけに、伝えたいんです。
(via pdl2h) (via thinkupstudio) (via usaginobike)
(via kktmblr)
(via yuca) (via subdub) (via yellowblog) (via reretlet) (via webstocker) (via kuon09reblog)
そうなんですよね。
(via sawutwo) (via usaginobike) (via yellowblog)
Mar 2, 2012 @ 11:53 pm
"金があるということの意味は、物が買えるという点にとどまるものではない。それは、自分が世界から影響されずに済むということでもあるのだ。いいかえれば、快楽ではなく、防御という意味における富。金のない子供時代を送り、ゆえに世界の気まぐれに翻弄されつづけてきた父にとって、富という概念は逃避という概念と同義になっていた。危害からの逃避、苦しみからの逃避、犠牲者の立場からの逃避。父は幸福を買おうとしていたのではない。不幸の不在を買おうとしていたのだ。金こそその万能薬だった。人間としての父のもっとも深い欲望、もっとも言いあらわしがたい欲求の具現物だった。父は金を使うことを欲しなかった。金をもつこと、金がそこにあるのを味わうことを欲した。つまりは不老不死の霊薬としてではなく、解毒剤としての金。ジャングルに出かけるときにポケットに忍ばせておく小さな薬壜(くすりびん)――毒蛇に嚙まれたときの用心。"
ポール・オースター『孤独の発明』(柴田元幸 訳) - つれづれ (via ginzuna)
■ すごく理解できる感覚。
(via arcadia-art-t)
ものすごい陳述の上手さ。金で幸せは買えないが不幸にならない部位のほとんどは買えるっていう話はよく耳にするが、この陳述とその一般論の間にあるものの通りに登場人物を動かせばそれで良質の文芸が成り立ち、神も暇しないだろう。 (via toukubo)
Dec 20, 2011 @ 9:11 pm
"文章を書く人が「こわい人」であるのはとても大事なことのような気がする。最近は「いい人」でないとなかなか生き延びていけない。多弁で、裏表がなくて、私生活もオープンで、パスタを茹でたり、SUVに乗ってたり、メールの返信も早いような「いい人」。そんな「いい人」の書くものは、わかりやすくて楽しいかもしれないが、一番文章にしてもらいたいような薄暗い部分にはまず到達しない。"
東京大学(英米文学)・阿部公彦の書評ブログ : 『昭和の読書』荒川洋治(幻戯書房)
Nov 28, 2011 @ 8:27 pm
"
Twitter / @showgo (via rpm99)
Aug 19, 2011 @ 10:56 pm
"
5か月もたつのに、いまだに他県から
「ボランティアツアー」なるもので
無償奉仕の若者がなだれこんできます。
ツアー参加費は旅行会社に入り、
善意の若者は自腹で何かを学んで帰り、
地元の失業者には仕事がまわらない。
うまく言えないのですが、
「なにかがおかしい」という思いが日に日に増してくるのです。
これは、少なくとも私のまわりでは4月頃からささやかれていました。
「おれたちを使ってくれたらいちばんいいのに!」と。
でも、善意のかたまりのような人たちが
無償で汗を流して助けてくれるのを目の前になにも言えません。
この人たちの、心底純粋な人助けには感謝しています。
しかし有名なボラ組織の上層部に私たちの本音は見えていないでしょう。
「東北人の底力」「着実に復興に向かって」「ひとつになろう」
などと美しい言葉に私たちは酔えないのです。
仕事がほしい、それだけです。
田畑のゴミ拾いならおばさんや年寄りにもできます。
自給600円でもやるでしょう。その日の食費だけでもいいのです。
自分で稼ぐことは、社会参加と自立への第一歩なんです。
つぶやきかさこ : ボランティアが被災者の自立を阻害する?!~震災5ヵ月後のボランティアのあり方を問う (via clione)
2011-08- 19T22:15:41Z Aug 19, 2011 @ 10:15 pm